神社巡り5回目になります。
今回は、茨城県は常総市にあります、一言主神社にお参り致しました。
一言主神社(ひとことぬしじんじゃ)は、茨城県常総市にある神社。一言明神(ひとことみょうじん)ともいう。正月3が日には例年15万人の参拝客が訪れる、茨城県西地域有数の初詣スポットである。 旧社格は村社。
この神社は、過去に数回訪れていますが、混んでいるイメージしかない神社です。山道を数列で並んでやっとのことでお賽銭といった思い出しかなくしばらくお参りしていませんでしたが、改めて訪れてみると、非常に歴史があって目の保養になる神社です。
このアクセント気に入っています。何ですかねー。奇麗!
お参りした日は、比較的参拝者は少なく感じました。
また、ご神木の高さには驚きます。神社の真裏にこんなご神木があって思わず「うおーって言いながら首痛めました」w写真をスライドショーにしました。お時間あるときにご覧ください。
御朱印ですが、凄く高級感抜群の金色です。これは、是非お参りの際にはご購入された方が宜しいかと存じます。所有感抜群です。歴史について
大同4年11月13日(809年12月23日)(平安時代) - 創建。大和国葛上郡、葛城一言主神社(現・奈良県御所市)より一言主神を迎える。創建の地は現社地の西方であり、怪光とともに雪中からタケノコが生え、三岐の竹になったという伝承がある。このため、「三竹山一言主神社」の異名を持つ。
長禄3年4月(1459年)(室町時代) - 荒廃していた社殿を、平将門の子孫で下総国の守谷城城主であった相馬弾正胤広が再建。
天文19年(1550年)(戦国時代) - 兵乱で拝殿が損壊。永禄年間には半焼。
万治2年(1659年)(江戸時代) - この頃より、葛城流からくり綱火(大塚戸の綱火、後述)が始まる。
元禄13年正月13日(1700年3月3日)(江戸時代) - 本殿を大規模修理(棟札あり)。
慶応3年(1867年)(江戸時代末期) - 拝殿が一般からの寄進により再建。
明治維新の後、神仏分離令により一言主神社を管轄していた善光寺が廃寺となり、当時の僧が初代神官となる。近代社格制度では村社に列する。
1909年(明治42年)3月、神社整理により大塚戸に祀られている13社を合併。
1970年(昭和45年) - 本殿の屋根を茅葺から銅板葺(檜皮葺風)に更新。(Wiki)
場所ですが、山道で狭いですが分かりやすいと思います。
是非、近くを通る際にはお参りください。
詳しい正確な情報などは神社庁を参考にされると宜しいかと存じます。
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