神社巡り4回目になります。
今回は、茨城県古河市にあります、雀神社にお参り致しました。
雀神社(すずめじんじゃ)とは、茨城県古河市宮前町(厩町)にある神社で、社名の「雀」は「鎮め」(しずめ)が変化したものとされる。旧古河町の総鎮守である。かつては茨城県西部の猿島郡で唯一の郷社であったそうです。
訪れての第一印象は、歴史を感じる佇まいで、思わずおーっと言ってしまいました。当日、かたずけをしている最中でしたが、転がったダルマが逆に良かったです。
それと、雀神社と言うだけあって鳥が多くいました。また、猫がいることにきずかず、何気なく撮影した写真の端っこに猫がいました。wとっても可愛い猫でした。お参りの際にはどうぞ可愛がってください。
動画
御朱印貼っておきます。雀神社ということで、雀の印があります。
歴史についてですが、社伝によれば、崇神天皇の御代に豊城入彦命が東国鎮護のために勧請した「鎮社(しずめのやしろ)」に始まるとされる。一方、清和天皇の貞観年間(859年 - 877年)に出雲国出雲大社の分霊を祀ったことに始まるとする伝承もある。室町時代・戦国時代には、足利成氏ら歴代古河公方家の崇敬を受けた。長禄元年(1457年)に成氏が参拝し、「天下泰平国土安穏」を祈願したと伝えられている。
弘治2年(1556年)、第3代足利晴氏室の芳春院と思われる「御台様」が鰐口を寄進している。(『古河志』) 天正19年(1591年)には、第5代足利義氏の娘であり、古河足利家を継承していた氏姫が、市内駒崎の田地を寄進している。(『喜連川文書』)
江戸時代も引き続き歴代古河城主に崇敬されており、現在の社殿は慶長10年(1605年)に松平康長が造営したものである。その前は古河城桜町曲輪の茂平河岸のほとりにあり(『古河志』)、かつての別当寺だった神宮寺と並び建っていたと考えられているが、康長による城の拡張に伴い現在地に移転した。 慶安元年(1648年)には、幕府から15石の朱印地が寄進されている。
明治 5年(1872年)、猿島郡・西葛飾郡の郷社に指定された。1912年(明治45年)、渡良瀬川の改修工事のため、古河の北西端にある悪戸新田が河川敷に変わることになり、この地域の氏神だった第六天神社が合祀された。 1953年(昭和28年)の河川改修工事では、境内地が縮小され、社殿も約50m東に移転している。(Wiki)
場所は、結構細い道になります。
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